2021年7月7日水曜日

本の「ジャケ買い」と装丁の美

 街をぶらついていた時、入ったことのない図書館を見つけたので寄ってみることにした。書架が織りなす道を歩いていると『視覚文化「超」講義』という本を見つけた。これは何年か前に本屋で見かけて気になっていた本だなぁ、と思い、借りることにした。分野としては「ポピュラー文化研究」。砕けた言い方をすれば「サブカル研究」である。

 研究の分野として気になっていた面もあるが、この本が私の目を引いたのは表紙によるところが大きい。背景の高さや広さを強調する特徴的なパース。恐ろしいほどの情報量。表紙のイラストを手掛けるのはJohn Hathway氏だ。

 アメリカ人のようなペンネームではあるが、日本人のアーティストである。「JH科学」というウェブサイトがあるので興味のある方はぜひ見てほしい。とてもキュートな作品が見れるはずだ。

 さて、John Hathway氏のイラストを始めて見たのは、「真空管ドールズ」というスマートフォン向けのゲームが最初であった。今はサービスを終了してしまっているが、2016年にリリースされたゲームで、「JH科学」の世界観を基にしたものだ。「真空管ドール」と呼ばれる人工知能搭載型アンドロイドが人々と一緒に生活する世界。ドールズの頭には真空管が一本、ちょこんとついており、それがとても可愛らしい。

 正直に言うと、「真空管ドール」で、John Hathway氏のイラストを見ていなかったら、彼が表紙を描いた『視覚文化「超」講義』に私が興味を持った可能性は低いと思うのだ。つまり、CDの「ジャケ買い」のようなものである。

 本も「ジャケ買い」で正しいのだろうか。「装丁買い」なのでは?とか思うのであるけれど、まぁ、かっこいいから「ジャケ買い」と言っておく。

 表紙のイメージが本のイメージと密接に繋がっている場合も少なくない。例えば私にとって村上春樹の初期3部作(『ダンスダンスダンス』を入れると4部作であるが)のイメージは佐々木マキ氏の表紙絵と紐づけられている。この間、大学時代の後輩に会った時に、彼が来ていたTシャツには『1987年のピンボール』の表紙絵がプリントされていたのだが、思わず「村上春樹好きだったっけ?」と聞いてしまった。よくよく考えてみれば表紙絵を描いたのは佐々木マキ氏なのだから、質問としては「佐々木マキ好きなの?」もあり得るにも関わらずだ。

 というわけで、本における表紙のデザインは結構重要だったりするのである。いや、表紙だけに限らないのだ。本全体のデザイン、そう、装丁の美しさというものがあるのである。そういえば、ちょうど今、日経新聞の朝刊には「装丁の美 十選」という、書籍の装丁についての連載記事が載っている。最近の私の楽しみの一つである。

本を読むだけではなく、見て楽しむ。たまにはそんな楽しみ方も良いかもしれない。ちなみに自分が所蔵する書籍の中で、最も装丁が凝っている本を一つ選ぶならば、人形作家天野可淡の作品が写真で収められた『KATAN DOLL THE BOX』だろう。茶色と黒のダイヤ柄の箱は中心から蓋が外せるようになっており、中には本が2冊入っている。背表紙は黒。金文字で「KATAN DOLL」と印字されている。深紅のベロアが貼られた表紙と裏表紙。布地の何とも言えない触り心地がとても良い。それは本を開き、めくっている時も、ずっと両手に感じられる。

 「見て楽しむ」と私は書いたが、この『KATAN DOLL』を開き、布張りの表紙と裏表紙を撫でてみると、この本が視覚だけでなく触覚も刺激してくれることに気づく。ジャケ買いの話をしていたはずなのに、本の触り心地にまで話が広がってしまった。そろそろ風呂敷がたためなくなりそうである。

 図書館で、書店で、本を手に取った時、私がなぜその本に手を伸ばしたのか、それを考えるのはとても楽しい。私が最初に興味を感じたのは?内容?題名?表紙?それとも装丁?どれに興味を持ったって、誰かに責められるわけではないのだ。たまには真面目ぶらずに本をジャケ買い、ジャケ借りしてみよう。予想もしていなかった素敵な出会いが待っているかもしれないのだから。